2006年09月16日

紀子さま 悠仁さまと一緒にご退院

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秋篠宮妃紀子さまは15日午後、長男悠仁(ひさひと)さまと一緒に東京都港区の愛育病院を退院した。6日に出産した紀子さまの経過は良く、悠仁さまも順調に発育しており、ほぼ予定通り退院の日を迎えた。秋篠宮さまが付き添い、東京・元赤坂の宮邸に車で戻った。悠仁さまの姿を見ようと、沿道には、約1800人(警視庁調べ)が繰り出した。ご一家は、宮邸で家族5人での生活をスタートした。
 白のスーツ姿の紀子さまは、純白のおくるみに包んだ悠仁さまをしっかりと抱いて、午後0時25分ごろ病院の玄関前に姿を見せた。悠仁さまはすやすやと寝ている様子。報道陣が「お顔を見せて下さい」と声をかけると、秋篠宮さまが紀子さまに目配せをし、紀子さまは、悠仁さまをカメラの方に向けた。また、ご夫妻のどちらに似ているかとの問いには、秋篠宮さまが「まだわかりません」と笑顔で答えた。
 宮邸に向かう車の後部座席には、新生児用のチャイルドシートが用意され、悠仁さまは、秋篠宮さまと紀子さまの間に置かれたシートに寝かされた。病院関係者の見送りを受けて午後0時半前に出発した車は、沿道に出た人たちの祝福を受けながらゆっくりと進み、約4キロ離れた宮邸に午後0時40分ごろ到着した。
 宮邸では、悠仁さまのために6畳ほどの部屋を改装、安全性を考えて床をカーペット敷きにしたほか、部屋のそばには冷蔵庫付きのキッチンも設けた。また、養育のため看護師3人が新たに配置された。
 紀子さまは部分前置胎盤の診断を受け、8月16日に入院。今月6日に帝王切開で悠仁さまを出産した。翌7日には同室で過ごすようになった悠仁さまに初めて授乳した。


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退院される悠仁さまと紀子さま

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秋篠宮さまに付き添われ、悠仁さまを抱いて退院される紀子さま(15日午後0時26分、東京都港区の愛育病院=代表撮影)(時事通信社)13時17分更新


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秋篠宮妃紀子さまと悠仁さまが退院・秋篠宮家は5人家族での新たな生活が始まる

紀子さま親子退院 悠仁さまおくるみに包まれ
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20060915/060915evtop2.jpg

秋篠宮妃紀子さま(40)と六日に誕生した長男悠仁(ひさひと)さまは十五日午後
零時二十五分、入院先の東京都港区の愛育病院を退院された。退院には秋篠宮さま
(40)が付き添った。親子三人がそろい、悠仁さまが初めて姿を見せた。紀子さまが
東京・元赤坂の宮邸に戻るのは八月十六日の入院以来一カ月ぶり。秋篠宮家は
五人家族での新たな生活が始まる。

紀子さまは白いおくるみに包まれた悠仁さまをいとおしそうに抱いて玄関前に。
悠仁さまは目を閉じ、眠っていた。悠仁さまは車の後部座席で秋篠宮さまと紀子さまに
はさまれ、ベビーシートに乗って宮邸に到着した。

宮内庁によると、紀子さまの術後の経過は良好で、悠仁さまの発育も順調という。

悠仁さまの名前は週明けにも皇室の戸籍に当たる皇統譜に登録される。
出生五十日以降に行われる「賢所皇霊殿神殿に謁(えっ)するの儀」は十月下旬に
なる見込みで、悠仁さまはその日、初めて皇居・宮中三殿で拝礼した後、御所を訪れ、
天皇、皇后両陛下と正式に対面する。

入院中の紀子さまには秋篠宮さまと長女眞子さま(14)、二女佳子さま(11)が連日
のように寄り添った。両陛下は、出産後の十日に同病院を訪れ、皇室では秋篠宮さま
以来四十一年ぶりに誕生した男の子と初対面。皇太子ご一家も十一日に対面している。

引用元
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20060915/eve_____sya_____000.shtml

宮内庁ホームページ
http://www.kunaicho.go.jp/
愛育病院
http://www.aiiku.net/


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紀子さまと悠仁さま、退院…秋篠宮さまが付き添い(画像あり)

紀子さまと悠仁さま退院−秋篠宮さまが付き添い

・秋篠宮妃紀子さま(40)と6日ご誕生の長男悠仁(ひさひと)さまは15日、入院先の
 東京都港区の愛育病院を退院される。秋篠宮さま(40)が付き添われ、親子3人が
 病院の玄関でそろい、悠仁さまが元気な姿を見せる。

 悠仁さまは誕生から9日で東京・元赤坂の秋篠宮邸に移り、長女眞子さま(14)、
 二女佳子さま(11)とともにご一家での新生活が始まる。

 宮内庁などによると、母子ともに経過は良好。悠仁さまは母乳をよく飲み、元気に
 声を上げている。おむつは紀子さまが自ら替えることが多く、見舞いに来た眞子さま、
 佳子さまは、代わる代わる悠仁さまをやさしく抱いているという。

 悠仁さまは、秋篠宮邸の私邸部分の2階で過ごすことになる。8畳ほどの部屋で、
 ベビーベッドが置かれるなど既に改修は終わっている。宮内庁に採用された1人と
 応援を合わせた計3人の看護師がサポートする。

 7月に「部分前置胎盤」と診断された紀子さまは8月16日に入院。9月6日に皇族
 として初めての帝王切開に臨み、出産された。12日に命名の儀があり、お名前が
 決まった。
 http://www.sanspo.com/sokuho/0915sokuho008.html

※画像:http://ca.c.yimg.jp/news/20060915131738/img.news.yahoo.co.jp/images/20060915/jijp/20060915-04711431-jijp-soci-view-001.jpg



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愛子さま「あ〜面白かった」「夢じゃなかったのかしら」大相撲観戦の感想述べられる

宮内庁の野村一成東宮大夫は15日の定例会見で、今月10日に東京・両国国技館で
皇太子ご夫妻とともに初めて大相撲を観戦された長女、愛子さまの様子を明らかにした。
力士の名前を暗記しているほど大の相撲ファンの愛子さまは、貴賓席に座るなり
「あっ、○○がいる」と土俵上の力士のしこ名を言い当てられたという。
観戦中は星取表の漢字の読み方を教えてもらいながら、熱心に印を付けられていた。

弓取り式も「きれいだった」と喜び、観戦後は「ああ、おもしろかった」と
感想を述べられた。東宮御所に戻った後の夕食時にも
「本当に国技館に行ったの。夢じゃなかったのかしら」と興奮された様子だった。
(19:00)

ソース
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060915AT1G1503715092006.html

[参考画像・動画]
http://ca.c.yimg.jp/news/1158312561/img.news.yahoo.co.jp/images/20060915/fnn/20060915-00000893-fnn-soci-thumb-000.jpg
http://meta.cdn.yahoo-streaming.jp/cgi-bin/yahoo/news.asx?cid=20060915-00000893-fnn-soci-movie-001&media=wm300k

皇太子御一家 大相撲観戦 20060910
ttp://www.youtube.com/watch?v=K86xZqr8rTA


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2006年09月14日

秋篠宮さまに祝福の声―福岡

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秋篠宮さまは14日、悠仁さま誕生後初の地方公務のため、日帰りで福岡市を訪問され、出迎えた人たちから祝福を受けられた。写真は保育園児らにほほ笑む秋篠宮さま(14日午後、福岡市博多区の聖福寺)(時事通信社)20時00分更新




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2006年09月13日

悠仁さま:祝福の輪、各地に広がる

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開幕した秋篠宮ご夫妻の写真展を見る人たち=東京都中央区の日本橋高島屋で13日午前10時2分、佐々木順一写す


秋篠宮ご夫妻の長男が「悠仁(ひさひと)さま」と決まり、新品種の花に同じ名前を付けたり、牧場では同じ文字の名前の入場者を無料にするところも出てきた。全国各地に祝福の輪が広がっている。

 ◇フラワーパーク「とっとり花回廊」

 鳥取県南部町にあるフラワーパークの県立「とっとり花回廊」は、悠仁さま誕生前日の5日にピンクの花を咲かせたペチュニア(ナス科)の新品種を「ひさひとペチュニア」と名付けた。高さ15センチで、直径約2センチの花を50輪ほどつけるといい、近く展示する予定だ。開発者の矢澤秀成さん(39)は「お子さまもペチュニアも、すくすく育ってほしい」と話す。

 ◇成田ゆめ牧場

 千葉県成田市の「成田ゆめ牧場」は、13日から名前に「悠」または「仁」の文字が入っているか、悠仁さまと同じ誕生日(9月6日)の人を対象に入場を無料に。30日までで、「祝賀ムードをさらに盛り上げたい」と同牧場。

 ◇報道写真展

 東京、大阪、名古屋など全国の高島屋4店舗で13日から、秋篠宮家の歩みを紹介する報道写真展「慶祝 秋篠宮悠仁親王殿下 ご誕生おめでとうございます」(毎日新聞社主催)が始まった。

 日本橋高島屋では、束帯と十二単姿でのご夫妻の婚礼の儀式の写真や、出産のため入院した紀子さまを見舞う秋篠宮さまと眞子さま、佳子さまの写真など計12点を展示。広島市の主婦、馬場美佐子さん(57)は「赤坂御苑を一家で散策する写真は一家だんらんの雰囲気が伝わってくる。男の子のお顔を早く拝見したい」と笑顔で話した。19日まで開催する。

 ◇祝賀のパレード

 御用邸のある静岡県下田市では12日夜、中心街で太鼓を打ち鳴らしてのパレードで祝った。下田八幡神社の例大祭での行事だが、皇室の祝賀で臨時に行うのは、01年12月の皇太子ご夫妻の長女愛子さまの誕生以来。法被姿の若者による太鼓の音に約1500人が繰り出した。

 「命名の儀」で使われた越前和紙の「大高檀(おおたかだん)紙」をすいたのは、福井県越前市の山崎吉左衛門さん(63)。「これを機に、より多くの人に越前和紙の存在を知ってもらえれば」

 また、「お印(しるし)」の「高野槙(こうやまき)」を市の木にしている岐阜県中津川市の大山耕二市長は「大変喜ばしく、光栄に思います。悠仁さまがこの木のようにすくすくとご成長なさるよう願っています」とコメントした。


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<悠仁さま>「長く久しく」との思い、列島駆けめぐる  

秋篠宮ご夫妻の長男は「悠仁(ひさひと)さま」と12日決まった。同じ字の名前の人たちは「光栄だ」「感激した」などと驚き、出産を控えた女性からは「子どもの名前の参考にしたい」との声も漏れる。ご夫妻の「長く久しく」との思いが込められた名前は、列島を駆けめぐった。【竹中拓実、木村光則、田村彰子】
 日本フィルハーモニー交響楽団の首席ビオラ奏者、後藤悠仁(ゆうじ)=本名・朋俊(ともとし)=さん(45)は「びっくりした。楽団の仲間からは『名前に恥じないように行動してくれ』と言われた」と笑顔。約20年前、同楽団に入ってすぐ活動名を「悠仁」にした。「心からおめでとうございますと申し上げたい」と祝福した。
 アテネ五輪のNHKテレビ報道テーマ曲「栄光の架橋(かけはし)」などで知られる人気デュオ・ゆずの北川悠仁(ゆうじん)さん(29)は「とても感動し、光栄に思っております。これからも、この感動を胸に、名に恥じぬよう、精いっぱい音楽活動を続けていきます」とのコメントを発表した。
 兵庫県姫路市の能面作家、筒井悠仁(ゆうじん)=本名・康夫=さん(57)は、師匠の「仁」を受け継ぎ、「悠」は「ゆったりとした」などの意味が気に入って7年ほど前から使っている。「皇室の方は『仁』の字を付けるから、そうなったら良いなとは思っていたが……。感激です」と声を弾ませた。
 東京・銀座では、デパートの電光掲示板が、「悠仁親王殿下」と名前が決まったことを伝えると、買い物客らが足を止めて見入った。12月末に女児出産を控える岡山市の長内路子さん(27)は「『悠』の文字がとても現代的だと思った。生まれてくる子どもの名前の参考にしたい」と笑顔を見せた。
 夫婦で買い物に来ていた埼玉県北本市、美容業、門司孝さん(57)は「ご夫妻が名前に込められた思いは、子どもを持つ親なら誰でも同じだと思う。男女に関係なく、元気にすごしていただければ」。近くに住む佐々木祐子さん(50)は「おおらかで良い名前だと思った。親王さまの立場はいろいろと大変だろうが、字の意味の通り、のびのびと育っていってほしい」と話した。
 悠仁さまのお印(しるし)に決まった高野槙(こうやまき))は、日本固有の常緑高木で、3〜4月に花を咲かせる。本州(福島県以南)、四国、九州(宮崎県以北)に分布、和歌山県の高野山に多いことから、この名が付いた。皇居の宮殿近くや赤坂御用地にも植生。木材は、耐水性があり風呂おけなどに使われる。
 高野山の霊宝館前には、1923年に故秩父宮さまが植樹し高さ約20メートルにまでなった高野槙がある。高野山真言宗総本山金剛峯寺の「奥の院」を守る日野西真定・維那(ゆいな)(82)は「江戸時代に寺院が山から清水を引くのに、高野槙の樹皮を使ったほど腐りにくく丈夫だ。高野山を代表する木がお印に選ばれたことは大変に名誉なこと。親王さまが、この木のように丈夫で健やかにお育ちになることを願います」と喜んだ。【上鶴弘志、工藤哲】
 ◇最後まで迷っていた秋篠宮さま
 名前は難産だった。長女眞子さまの名前を決めた時は、「ひらめき」だったという秋篠宮さま。中国の古典などからの出典ではなく、「ひさひと」という音の響きを大事にした。宮内庁職員が、歴代の天皇や皇族の名前として使われていない字を示すと、「もうちょっと調べてほしい。他の漢字はないのか」と最後まで迷っていたという。
 最終的には、三つぐらいの漢字の候補の中から「悠」という「ゆったりとした」意味の字を選んだが、7月から考え始めて足かけ3カ月。両陛下への報告も「命名の儀」の前日だった。
 その「命名の儀」。皇太子ご夫妻の長女愛子さまや秋篠宮ご夫妻の長女眞子さま、二女佳子さまら宮内庁病院で午前中に行われた時と違い、民間の愛育病院のため、面会時間(午後3時以降)を配慮し、ご夫妻の意向で同3時半過ぎに設定された。紀子さまは入院中にもかかわらず空色の絹の洋服姿で臨み、5分ほどで終わった。


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皇室に献上する米を刈り取るお百姓さん

皇室に献上する米を刈り取る「献穀田抜穂(ぬきほ)式」の神事が12日、福井市安田町
の田んぼで営まれた。献上する米は5月18日に植えられたコシヒカリの原種。県内7地区
が毎年持ち回りで育てており、福井地区からの献上は初めて。

神事に続き、抜穂の儀があり、水田所有者の末定文好さん(80)、JA関係者ら計5人が
かまを持って田んぼに入り、高さ約70センチに育った稲2、3株を刈り取って神前にささ
げた。その後の式典では、かすり着にすげがさ姿の刈女(かりめ)とともに西川一誠知事ら
13人が同様の作業をした。米は脱穀や乾燥を経て良質の精米1・5キロが、11月23日
に営まれる宮中の新嘗祭へ献上される。
(小柳保志)

http://www.chunichi.co.jp/00/fki/20060913/lcl_____fki_____007.shtml


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ワニガメ、マーラ…珍獣いっぱい! 秋篠宮邸は"小さな動植物園"

新宮さまが退院後に住まわれる秋篠宮邸は、ナマズのほか大ニワトリや巨大ネズミなど
 珍獣いっぱい。昭和天皇同様に生物学者でもある秋篠宮さまのご研究の一環で、菜園にも
 丹精込められている。“小さな動植物園”といったおもむきで、男の子の環境として秋篠宮家は
 楽園といえそう。今後の“帝王教育”も心配なさそうだ。

 「それぞれの個性や関心事を伸ばしていってくれたらいいと思います」。昨年の会見で、
 こう“子育て論”を披露された秋篠宮さま。紀子さまもかつて、眞子さま、佳子さまに関して
 「庭で飼っている鶏の世話をしたり、菜園の水まきを通して自然に生命の大切さを学んで
 いるように思います」と述べられていた。

 関係者によると、広大な緑に包まれた赤坂御用地にある宮邸のお庭では、研究対象の
 ニワトリが小屋で飼われている。この中には大型犬ほどもある「天草大王」という希少種の
 ニワトリも。
 池には大ナマズがいるほか、ワニガメや南米原産の珍しい巨大ネズミの仲間「マーラ」も
 放し飼いにされている。以前は同じ巨大ネズミのカピバラなどもいたという。

 さらにご一家が丹精込められている菜園がある。昨年は夏を涼しく過ごせるように、
 佳子さまとアサガオを植えて窓を覆う「緑のカーテン」を作られた。自然教育には理想的な
 環境の宮邸で、眞子さま、佳子さまも日ごろから動植物に親しまれている。

 秋篠宮さまは山階鳥類研究所や日本動物園水族館協会の総裁を務められている。
 昭和63年からの英オックスフォード大学大学院留学の際は動物学をご専攻。研究者
 としての評価も高まっている。
 平成8年にはニワトリの起源に関する研究で、国立総合研究大学院大学から理学博士号が
 贈られた。皇族の純粋な学問的業績に博士号が贈られるのは初めて。15年の「生き物
 文化誌学会」設立にも参画され、「生物」ではなく「生き物」になったのは秋篠宮さまの
 ご意向だったという。同学会の研究対象はカッパや天狗、鬼などにも広がっているという。

 16年から始まった、ニワトリの家禽化を多面的に研究する日タイ共同研究も、秋篠宮さまが
 提案された。(一部略)
 http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200609/sha2006091101.html


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秋篠宮ご夫妻の「長く久しく」との思い、列島駆けめぐる・ゆずの北川悠仁「とても感動」

悠仁さま:「長く久しく」との思い、列島駆けめぐる
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/koushitsu/news/images/20060913k0000m040128000p_size6.jpg
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/koushitsu/news/images/20060913k0000m040127000p_size6.jpg

秋篠宮ご夫妻の長男は「悠仁(ひさひと)さま」と12日決まった。同じ字の名前の人
たちは「光栄だ」「感激した」などと驚き、出産を控えた女性からは「子どもの名前の
参考にしたい」との声も漏れる。ご夫妻の「長く久しく」との思いが込められた名前は、
列島を駆けめぐった。

日本フィルハーモニー交響楽団の首席ビオラ奏者、後藤悠仁(ゆうじ)=本名・朋俊
(ともとし)=さん(45)は「びっくりした。楽団の仲間からは『名前に恥じないように
行動してくれ』と言われた」と笑顔。約20年前、同楽団に入ってすぐ活動名を「悠仁」
にした。「心からおめでとうございますと申し上げたい」と祝福した。

アテネ五輪のNHKテレビ報道テーマ曲「栄光の架橋(かけはし)」などで知られる
人気デュオ・ゆずの北川悠仁(ゆうじん)さん(29)は「とても感動し、光栄に思って
おります。これからも、この感動を胸に、名に恥じぬよう、精いっぱい音楽活動を
続けていきます」とのコメントを発表した。

悠仁さまのお印(しるし)に決まった高野槙(こうやまき))は、日本固有の常緑高木で、
3〜4月に花を咲かせる。本州(福島県以南)、四国、九州(宮崎県以北)に分布、
和歌山県の高野山に多いことから、この名が付いた。皇居の宮殿近くや赤坂御用地
にも植生。木材は、耐水性があり風呂おけなどに使われる。

高野山の霊宝館前には、1923年に故秩父宮さまが植樹し高さ約20メートルにまで
なった高野槙がある。高野山真言宗総本山金剛峯寺の「奥の院」を守る日野西真定・
維那(ゆいな)(82)は「江戸時代に寺院が山から清水を引くのに、高野槙の樹皮を
使ったほど腐りにくく丈夫だ。高野山を代表する木がお印に選ばれたことは大変に
名誉なこと。親王さまが、この木のように丈夫で健やかにお育ちになることを願います」
と喜んだ。




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<命名の儀>秋篠宮ご長男、悠仁(ひさひと)さまに

秋篠宮ご夫妻の3番目のお子さまの名前が「悠仁(ひさひと)」に決まり、一般のお七夜にあたる12日午後、紀子さまとお子さまが入院する東京都港区の愛育病院で、「命名の儀」が行われた。ご夫妻は「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでいく」ことを願って命名したという。紀子さまと悠仁さまの経過は順調で、今週末にも退院する見通し。
 宮内庁によると、名前は、秋篠宮さまが7月ごろから男女それぞれを考え、宮内庁に歴代の天皇や皇族の名前として使われていないか、繰り返し調べてもらうなどした。6日の誕生後に、「ひさひと」という音に合う漢字を三つほどに絞り込み、漢学者や国学者に由来や意味などを聞いたうえで、天皇陛下に相談した。
 秋篠宮さまは迷った末に11日朝決めて、天皇、皇后両陛下に宮内庁職員を通じて報告したという。皇太子さまの「浩宮(ひろのみや)」、秋篠宮さまの「礼宮(あやのみや)」など幼少時の称号は、皇室の慣例で、天皇と皇太子の子どもだけに付くことになっており、悠仁さまにはない。
 身の回りの物に名前代わりに付けるお印(しるし)は「高野槇(こうやまき)」に決まった。高さ約30〜40メートル、幹の直径は1メートルにもなる常緑針葉高木だ。ご夫妻の「大きく、まっすぐ育ってほしい」との気持ちが込められているという。
 「命名の儀」は午後3時35分から、病院の個室で行われた。秋篠宮さまからお子さまの名前が書かれた和紙を宮務官(秋篠宮家の世話担当職員)が受け取り、紀子さまに見せ、白木の桐(きり)の箱に納めた。さらに宮務官は、紀子さまからお印を記した和紙を受け取り、秋篠宮さまに見せて同じ箱に入れた。名前とお印は秋篠宮さまが筆でしたためた。その後、宮務官がお子さまの枕元に箱を置き、同40分に終了した。
 悠仁さまの名前は14日にも官報に掲載され、週明けに皇室の戸籍簿である「皇統譜」に登録される。







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新宮さま 午後「命名の儀」 秋篠宮さま、病院にご配慮

今月6日に41年ぶりの男子皇族として誕生された秋篠宮ご夫妻の3人目のお子さまの「命名の儀」が、一般のお七夜にあたる12日の午後3時半から、ご入院先の愛育病院(東京)で行われる。
 命名の儀では、秋篠宮さまが墨でお名前を書かれた高級和紙「大高檀紙(おおたかだんし)」と、紀子さまが身の回りの持ち物などにつける「お印(しるし)」を書かれた大高檀紙を、宮内庁の徳丸久衛宮務官が白木の桐(きり)箱に入れ、新宮さまの枕元に置いて終了する。儀式は数分間の予定。
 皇族方の命名手続きは戦前、旧皇室親族令などで定められていたことから、天皇と皇太子のお子さまは天皇が、宮家のお子さまは当主が命名しており、戦後もそれが踏襲されている。男子皇族のお名前は、例外はあるが下に「仁(ひと)」の字が付く漢字2文字が慣例。858年に即位した清和天皇の「惟仁(これひと)」が始まりで、「有徳の人」などの意味がある。
 皇太子さまのお名前は「徳仁(なるひと)」でお印は「梓(あずさ)」、秋篠宮さまは「文仁」で「栂(つが)」。「文仁」は『論語』を出典とするなど、天皇と皇太子のお子さまは学者が文献などを調べてお名前の候補を決めるが、宮家にはその決まりもなく、宮さまが天皇陛下に相談の上、すでに決められているとされる。
 皇室のお祝い事は午前中に行われるケースが多いが、「病院側に迷惑をかけたくない」との秋篠宮さまのご意向で、特別扱いは避け、愛育病院の一般面会時間が始まる午後3時以降に命名の儀が行われることとなった。




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秋篠宮妃紀子さま:40歳の誕生日、愛育病院で祝う

男児を出産した秋篠宮妃紀子さまの40歳の誕生日となった11日、入院先の愛育病院(東京
都港区)では、病院が用意した手作りのケーキでお子さまの誕生とともに祝った。また、公務で
北海道に出かけていた天皇、皇后両陛下が10日に、皇太子ご一家は11日にそれぞれ病院を
訪れ、紀子さまとお子さまを見舞った。

 病院関係者によると、ケーキは栄養士が作り、昼食後に中林正雄院長をはじめ医師や看護師
らも病室に集まって祝った。紀子さまは「こういうことも一生に一回しかないでしょうから、大変記
念になると思います」と喜んでいたという。

 10日に見舞った両陛下は、4人目の孫となるお子さまとこの日が初めての対面。皇后さまは
白いベビー靴と花かごを紀子さまに贈った。約30分の見舞いを終えて病院玄関に姿を見せた
両陛下に、報道陣がお子さまの様子を尋ねると、天皇陛下は「元気です。ありがとう」と笑顔で
答えた。【桐野耕一】

毎日新聞 2006年9月11日 20時11分

ソース http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/koushitsu/news/20060912k0000m040076000c.html


パソコンのバイト探してる?だったらやっぱ「アルバイト★スナイパー」でしょ!
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